共同売店についてもっと知りたい方へ

共同売店のことをはじめて聞いた方や、もともと知っていた方にも。

その歴史や文化的背景、その特徴や役割、そして抱える課題について

知るための窓口になれたらいいなと思います。

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共同売店とは

共同売店とは、小さな集落で生活をするために、互いに支え合う相互扶助の考えをもった共同体であり、住民同士が資金を出し合ってみんなで運営するお店のこと。

 

1906年に沖縄の北のはじっこにある、国頭村の奥という集落で生まれた「奥共同店」がはじまりです。

それは、貨幣経済がムラに入ってきた明治の終わり頃、現金がなく ては生活ができなくなっていく時代の流れに対応するために生まれた知恵でした。

食料品や日用品などを販売する商店ですが、その特徴は生活のために集落単位で住民同士が出資・運営することにあります。その後、100年の歴史の中で沖縄の各地に広まり、小さな集落の暮らしを支え続けてきました。一番多い時には沖縄の北部や離島を中心におよそ200店舗ほどの共同売店がありました。

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共同売店の歴史

1906年

〜国頭村奥に「奥共同店」が誕生する〜

当時、奥集落で雑貨商を営んでいた糸満盛邦氏は、その利益を奥の人々に還元するための方法を模索。その背景には、1900年代の産業組合運動の影響と、急速な近代化に伴って社会や経済における時代の大きな変化がありました。

1914年

〜楚洲・伊計・有銘・崎山・大棚も共同売店を設立〜

奥共同店に倣って、やんばるや離島だけではなく、本島中南部までに広がります。大正から昭和初期にかけては約60ヶ所の共同売店がありました。

1945年

〜沖縄戦によって共同売店が消失してしまう〜

戦後は配給所を経て、再び共同売店が復活していきました。1960年代には約180店、のべ200ヶ所の集落にあったとされています。

 

物流を支えた山原船

〜貿易によって集落の暮らしを築く〜

当時の沖縄は道路の整備が進んでおらず、経済の中心地である那覇と本島北部地域を結んでいたのは「山原船」という貿易船。この海運を利用して、外からやってくる商人を介して日用品や生活必需品を仕入れていました。しかし、このままでは地域の経済を支配されてしまう。そんな危機感から、字単位で生産物(木炭や薪など)の共同販売・日用品の共同購入をすることで、集落へ利益の還元と蓄積を可能にしたのが共同売店でした。

当時の機能

〜暮らしのすべてがここを中心にまわる〜

大きな時代の流れのなかで、沖縄の人々の生活が揺れ動く戦前から戦後まで。自分たちの生活を守り、困難を共に乗り越えるために、共同売店は地域にとって必要な多くの機能を兼ね備えていました。

共同購入と出荷/掛け売り/貯金や貸付などの金融業/運輸/精米/製材/発電/酒造/製茶(奥)/奨学金/病気などの見舞い金/保育園/共同風呂/共同バス/共同アンテナ/電話の取り次ぎ/親子ラジオ/ガソリンスタンド/食堂/理髪/コインランドリー など

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今の共同売店の役割

買い物支援

〜歩いていける範囲に、共同売店がある〜

 「今日のごはんは何にしようかね。」と商品棚を見ながら考え、歩いて帰ったら、今日食べたいものを料理します。車が運転できないおじぃおばぁのために共同売店は営業中。

コミュニケーションの場

〜共同売店にゆけば、誰かと会える〜

安心感があるからか、ここはみんなでユンタクする集いの場。日々誰かに会うことで、お互いの健康状態をチェック。困ったことがあれば相談できるし、楽しい出来事があれば共有することもできるのです。

地域のなかで経済循環を生む

〜利用すればするほど生まれる、共同売店の価値〜

単なる商店だけでなく、地域課題を解決する要として、行政に頼らずに、知恵と協力で経済活動をおこないます。共同売店の存在は集落の営みを維持することにつながっているのです。

 

​生活を支える(買い物をする)場所という経済的意義を持った共同売店は、時には親戚よりも近い存在として、地域の見守りや人間関係の潤滑剤といった福祉的意義の側面も持っています。そのほかにも、共同売店を中心に広まる地域特有の生活様式があり、農村の生活文化を反映する存在であるともいえます。

04/

共同売店の課題

​かつては県内各地に広がり地域ごとに発展してきた共同売店も、今ではその半数以上がお店を閉じてしまいました。その背景には、●道路が整備されてモノや人の移動が簡単になったこと●各家庭に冷蔵庫などの便利な家電が普及したこと●仕事や学校へ通うために都会へ人口が流出したこと●コンビニやスーパーの進出によって買い物する場所の選択肢が増えたこと、などがあります。世の中が便利になっていく一方で、共同売店を利用する人が減ってしまったのです。

05/

売店はつづく?

大型スーパーやショッピングモールの進出、人口減少によって利用客は減り、ツケの制度があったお店はお金の回収ができず、赤字のお店がほとんど。住民が株主となって共同で出資・運営することが特徴だった共同売店は、経営が難しくなって個人請負に移行したり、運営形態を変えたりして、時代の変化に対応しながら今に至っているのです。しかしお店の名前や形態が変わっても集落との結びつきは強く、どこの共同売店も「ここで暮らし続けているお年寄りのために」と粘り強く頑張っています。

共同売店のもつ魅力やその存在意義、抱える課題や売店の今後のこと、

それをここで全部書き出すことはできません。

でも、長年この共同売店に注目して研究を重ねてきた先輩たちや

実際に共同売店がある暮らしをしている人たちから学ぶことができます。

参考文献など

共同売店ファンクラブ

沖縄だけでなく全国の共同売店を研究・調査して記録。研修やツアーもされている、小林と山田が尊敬する共同売店研究の大先輩です。「共同店ものがたり」を2006年に出版。

© 2020  kobayashitoyamada

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